内容の補足 (より深い理解のために)
31 アルコール
1 MEOS の関与の程度
アルコール代謝の主なものは (1) ①ADHと②ALDH と (2) MEOS を介するものがありますが、そのうち MEOS を通じて代謝される割合は、少量飲酒の場合 10%位ですが、アルコールを常用し、多量飲酒した場合は、50%にも達すると言われています。
参考文献
[1] Cederbaum AI: ALCOHOL METABOLISM.
Clin Liver Dis. 2012 November ; 16(4): 667–685.
doi:10.1016/j.cld.2012.08.002
[2] 松本博志: アルコールの基礎知識
Jpn.J.Alcohol & Drug Depencence 46(1), 146~156, 2011
2 ADH・ALDH の名称
① アルコール脱水素酵素 (ADH : alcohol dehyrogenase)
② アルデヒド脱水素酵素 (ALDH: aldehyde degydrogenase)
① ② の酵素とも、同じ働きをする酵素が各々数種類ありますが、ややこしいので、本書では (多くの一般向け書物と同様)、最も重要な1つの酵素だけに注目します。
①については、ADH の中の ADH1B という酵素
②については、ALDH の中の ALDH2 という酵素
3 酵素活性が低くなる理由
②ALDH の遺伝子も他の遺伝子と同じように両親から1つずつ計2つ持っています。そしてこの遺伝子から作られるタンパク質は4つ集まって酵素を作りますが(4量体と呼ばれます)、この4つ全てが活性型の遺伝子から作られたものでなければほとんど活性を持たないそうです。
今、2つの遺伝子がヘテロ(異なるという意味)で、1つが活性化型、他方が不活性型である場合、作られる4量体は、模式的に書くと、以下のような16通りになります。
○○○○ ○○○● ○○●○ ○○●●
○●○○ ○●○● ○●●○ ○●●●
●○○○ ●○○● ●○●○ ●○●●
●●○○ ●●○● ●●●○ ●●●●
○を活性型、●を不活性型、とすると、●が1つでもあると酵素はまともに働かない。つまり、よく働く酵素は、最初の ○○○○ だけ、16のうち1つということになります。実際のヘテロ(異なる遺伝子を1つずつ) の人の酵素活性を測定すると、活性型を2つ持つ人の 17% 位になるということです。なぜ 100÷16 = 6% にならないのか、私は知りません。
まとめると、遺伝子の型は活性型と不活性型の2つになります。
各々の人は、これら遺伝子を2つ持つわけですが、活性型を2つ持つ人は、高活性型、不活性型を2つ持つ人を無活性型と呼んでいます。そして、各々1つずつ持つ人を、中活性型と呼ばないで、低活性型と呼ぶのですが、その理由はおわかりいただけたと思います。
4 ホモ型・ヘテロ型
低活性型と無活性型は、高活性型に対して一括りにされることが
よくあります。この一括りの中で、両者を区別するのに、
無活性型の人は同じ遺伝子を2つ持つことからホモ型、
低活性型の人は異なった遺伝子を1つずつ持つことからヘテロ型
と呼ばれます。
(一般的に "ホモ" は「同じ」 "ヘテロ" は「異なる」を意味します)
このホモ型・ヘテロ型という言葉は非常によく使用されますが、
各々本書での "無活性型"、低活性型" の人を意味します。(右図)
5 酵素活性の人種差
表は各人種で各々の型を持つ人の比率を示しています。
東アジア(日本・韓国・中国・台湾) は、②ALDH の活性の低い人(低活性・無活性=酒に弱い人) が多く 世界でも特殊な地域です。
(表で水色の四角で囲んだ部分に注目)
①ADHについても、白人とは際立った差があります。
(表で水色の ○ で囲んだ部分)
黒人も白人とほぼ同様ですが、手元に詳しい数値がありませんので、表中では割愛しました。
6 MEOS の問題点
(a) 薬の代謝に影響を及ぼす
服用している薬がエタノールと同じ酵素で代謝を受ける場合、エタノール濃度が高いと、競合してしまい (=この酵素の取り合いになってしまい) 薬の代謝を遅らせて、薬の血中濃度が上昇してしまう=薬が効きすぎてしまいます。
また毎日多量の飲酒をしている人が、例えば2日間飲酒をやめたとします。酵素活性は上がっているのに、競合するアルコールがない為に、その酵素を独占することになってしまい、薬は逆に非常に早く代謝されしまいます。その結果、薬の効果が長続きしない=効かないことになります。[L61]
なお、一旦上がった酵素活性は、断酒すると1~2週間程度で下がると言われています。
この経路の酵素とぶつかるかどうかは、薬によって異なりますが、多くの睡眠薬は MEOS の酵素群の1つとガッチャンコしてしまいます。睡眠薬とアルコールを同じ日に飲むと、睡眠薬の血中濃度が上昇し効き過ぎてしまいます。しかもどちらも鎮静作用がありますので、危険と考えた方がよいでしょう。
その他の常用薬がある場合は、かかりつけ医に尋ねて下さい。
(b) 細胞毒が発生しやすい
この経路での代謝では、フリーラジカルという、細胞にとって毒性をもつ物質が酸性されると言われていますので、肝臓などに悪い影響を与えると言われています。
参考文献
[1] Cederbaum AI: ALCOHOL METABOLISM
Clin Liver Dis. 2012 November ; 16(4): 667–685.
doi:10.1016/j.cld.2012.08.002
7 Ono A さんにより発表された研究
コホート研究とよばれる手法で、アルコールに関しての多くの研究が用いている手法です。国立がん研究センター等の研究機関と全国6府県の各々1保健所管轄区域の保健所が共同で1992年から進めているものです(JPHCⅡ)。最初の年と5年後、10年後に 飲酒・喫煙・食生活などのアンケート調査をし、その後がんの有無を追跡していくものです。
8 Zaitsu M さんにより発表された研究
症例対照研究とよばれる手法によるものです。
全国33の労災病院に初めてがんで入院した 63,232人の人と、同時期にがん以外で同じ病院に入院した同性・同年齢の 63,232人の人を、飲酒歴などを比較することによって、がんの発症に対してアルコールがどの程度の影響を与えているかを解析したものです。
9 中国をはずすと、アルコールの影響が強くなる理由
この論文の中で、日本(9研究)・中国(5研究)・台湾(2研究) の各々の国別でまとめた表がありますが、( ①ADH・②ALDH をクロスした集計はされていない)、中国だけのまとめでは、アルコールの食道がんに対する影響は(日本や台湾に比べて) 大きくありません。それは、中国では日本・台湾に比べて元々食道がんが多いために(泰興市では、日本・台湾の7倍の頻度)、アルコールの影響が薄まっていることが理由のようです。
つまりアルコールの影響が少ない中国をはずして集計すれば (9.17倍 よりも) もっとアルコールのリスクが高くなるものと考えられます。
10 中務の結果と下した判断
私の結果は、①ADH, ②ALDH ともに "高活性型" でした。日本人に約30%見られる型で、気分をよくするアルコールも貯まりにくいし、気分を悪くするアセトアルデヒドも貯まりにくい。
確かに私はビール大瓶1~2本では気分が悪くなりません。しかし、この量でもアルコールの利尿作用のため夜中にのどがかわき、また目覚めると目が冴えて眠れなくなります。それだのに、この程度の量では、気分のよい感じがほとんどありません。よく考えてりみると、水を飲んでいるようなものです。
予想していた遺伝子型と少しはずれましたが、むしろ納得。
だいたい毎週末に飲んでいるこの程度の量では、悪い部分はあっても、良いことは何もない。そして毎週末のビールをやめてしまいました。
11 アルコール消費の動向
ヨーロッパはアルコールに強い白人が多いため依存症も多く、人口あたりのアルコール消費量が最も多い地域ですが、2016年までの6年間で成人1人あたりのアルコール消費量が 12.5% 減少したということです。[1]
国税庁の公表資料では、日本でも成人1人あたりのアルコール消費量は 1992年をピークに、以後減少傾向で、2020年までの28年間で 26% も減少しています。 [2]
図2は、国民健康・栄養調査からの資料です。
「生活習慣病のリスクを高める程の飲酒者」の割合の変化(2010年 → 2019年) を年令層別にみたものを、男女別に作図したものです(上が男性、下が女性)。[3, 4]
「生活習慣病のリスクを高める量」とは1日あたりのアルコール摂取量が男性でだいたい 40g 以上。女性で 20g 以上ですが、具体的な量は
①男性: 「毎日×2合以上」
「週5~6日×2合以上」
「週3~4日×3合以上」
「週1~2日×5合以上」
「月1~3日×5合以上」
②女性: 「毎日×1合以上」
「週5~6日×1合以上」
「週3~4日×1合以上」
「週1~2日×3合以上」
「月1~3日×5合以上」
男性では、おじさん世代の飲酒者の割合は減少していませんが、若年者の減少が著明です。
女性の場合は、若年者の減少幅が少ないですが、戦後、男性に遅れて飲酒者が増加しはじめた女性でも、若年者では減少している。と解釈すべきでしょう。
[1] WHO: Global status report on alcohol and health 2018.
https://www.who.int/publications/i/item/9789241565639
[2] 国税庁: 酒レポート https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/001.pdf
[3] 厚生労働省: 国民健康・栄養調査(平成26年) https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000106405.html
[4] 厚生労働省: 国民健康・栄養調査(令和元年) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14156.html