健康への道しるべ

内容の補足 (より深い理解のために)

2-1 高血圧

7 Na摂取が少ない場合のリスク

Na摂取と健康リスクの関係についての臨床研究は、ほぼ全て以下のようなコホート研究(コホートとは集団の意味) と呼ばれるものです。
例えば 10,000人の集団があるとします。まずその人たちの Na摂取量を測定し (研究によっては、その後も何度も測定し)、その人たちを5~10~20~年追跡し、死亡した人・循環器系の病気になった人をカウントします。そして死亡や循環器系の病気にかかった人が、Na摂取の量の多寡とどのように関係しているかを統計的に処理します。

多くの研究がありますが、結果は大きく2つに分かれます。

Na摂取量が多いと疾患リスクが増加するのはどちらも同じですが、Na摂取量が少ない場合のリスクが、左図では低くなるのに対し、右図では高くなっています。
 ここで、双方を代表する有名な論文を1つずつご紹介します。いずれも食塩摂取量を示す横軸の数値が端数になっていますが、元の文献での Na から NaCl に換算した為にこうなっています。
図には、わかりやすいように、日本人の平均摂取量も示しています。

① 2014年の TOHP研究というものです [1]

参加者は 2,275人。年齢は 30-54歳で、血圧は正常血圧と高血圧の境目程度の人たち。追跡期間は 22~27年。追跡期間の初期 18~48ヵ月の間に、24時間の尿中Na を平均5回も検査しています。(24時間の尿をためるのはとても面倒ですが、Naの摂取量が正確に測定できます)


食塩摂取量が横軸、脳心血管病への罹患リスクが縦軸です。
食塩摂取量の多寡に従って4群に分け、9.2~12.2g の人を基準の "1" にしています。
食塩摂取量が日本人と同じ程度である、9.2~12.2g の人のリスク"1" に対して、5.8g未満ではリスクは 32% 低下しています。 統計的には、いずれの群間にも有意差は出なかったということですが、4群合わせての直線的な変化については、有意差ギリギリだったということです。明確な有意差が出ていない研究ですが、きっちりした研究なので、代表的な研究の1つとして評価されています。
対象人数が少なかったので、有意差がでなかったのかも知れません。

② 2016年に発表された4つの研究を統合したプール解析を用いた研究です。[2]
                              (プール解析については、末尾の *1 参照)

参加者は 133,118人。17ヵ国 628の町 からの 35-70歳の人たちで、高血圧のある人もない人もいます。追跡期間は平均4年余りです。Na摂取量の測定は、初期の1回のみ。それも24時間尿ではなく、朝の1回の尿から24時間のNa排泄量を推測するというやや雑な方法です。

結果は、高血圧のある人とない人とで別々にまとめられています。

Na摂取が多い人は、高血圧の人ではリスクが上昇しますが、そうでない人ではリスクの上昇が見られません。塩分を多く摂っても血圧さえ高くなければ大丈夫という結果です。
他方、Na摂取が少なくなると、高血圧の人もそうでない人もリスクの上昇が見られています。
下の図は、具体的な数値を記入した結果です。

全死亡+脳心血管病罹患 のリスクを縦軸にとっています。
食塩摂取量の多寡に従って6群に分け、10.2~12.7g の人を基準の "1" にしています。
統計的な有意差のあった群のみ、数値を記入しています。
食塩摂取量の最も少ない群の人は、基準とした群の人のリスクを 30%前後 上回っています。一方、食塩摂取量の最も多い群の人は、高血圧の人では、基準内の人のリスクを 23% 上回っていますが、高血圧のない人では、リスクの上昇が見られていません。

 これら2つの研究はとても対照的です。①の研究は参加人数は少ないけれど、検査は非常にきっちり。年齢幅も少なく、血圧の程度も均一性が高い。追跡期間も長い。
②の研究は、その反対ですが、人数は非常に多い。
 「ガイドラインが正しい。下限は設けなくてもよい。」と主張する研究者は、②の研究のような「Na摂取量が少ない人たちでリスクが上がっている」研究に対して、以下のように批判をしています。
(1) 部分尿 (24時間尿でないものをこう呼びます) が不正確

1回のみの、しかも絶食をしていない時の尿の測定であること。さらに、この時に採用された 「24時間尿Na排泄量の推定式 (Kawasaki法)」 は、低値領域で誤差が大きい。

(2) 因果の逆転 (reverse causation) が考えられる

「Na摂取が少ない → リスクが高い」という結論になっているけれども、逆に、元々リスクの高い人が Naの摂取を控えているのだ。という主張。つまり、「元々リスクの高い人が摂取量の少ないグループに多くいたのだ」という主張です。

 私は、②の研究結果 「Na摂取が少ない人のリスクが高い」ということに対して (1) (2) の反論だけでは、不十分のような気がしています。でも、現在のところ、私のような考えは「少数派」のようです。

*1 プール解析

メタ解析というまとめ研究は、通常、結果だけをまとめますが、プール解析というのは、各々の研究の基礎的なデータ(各人の年齢・性・検査結果 等々) を持ち寄ってデータを統合するもので、別々の研究を統一的にまとめることができる。

参考文献
[1] Cook NR
  Lower Levels of Sodium Intake and Reduced Cardiovascular Risk
  Circulation. 2014 March 4; 129(9): 981-989
[2] Mente A

Associations of urinary sodium excretion with cardiovascular events in individuals with and without hypertension: a pooled analysis of data from four studies.
Lancet 2016; 388:465–475