内容の補足 (より深い理解のために)
17 食事様式
1 糖質制限食の長期的な安全性
"A" という治療法と "B" という治療法のどちらがよいかを確かめる王道は、「ランダム化比較試験」と言って、参加者本人の意志とは無関係に、サイコロを振ってどちらの治療にするかを決めて、それに従ってもらう研究です。しかし、糖質制限をするかどうかというようなテーマでは、長期にわたる研究はできません。せいぜい数年までで、20年なんて長い期間の研究はとてもできません。
なのでここに挙げた研究も全てコホート(集団)研究というものです。
代表として、この中の1つの研究をご紹介します。[3]
2010年に発表された米国での医療従事者を対象にした研究です。女性 85,168人を平均 26年、男性 44,548人を平均 20年 追跡していますが、元々心疾患・がん・糖尿病のあった人は集計には含まれていません。
食事調査から炭水化物の摂取量の多い順に 10% ずつ10のグループに分け(Q1~Q10)、各々のグループのこの期間での死亡リスクを男女別に比較しています。("Q" は、英語 Quantile(分位) の頭文字です)
次の表は、Q1の人の死亡リスクを 1 とした場合、Q5, Q10 の人がそれに比べてどれくらいの死亡リスクになるかを示しています。

男女とも Q5, Q10 と炭水化物摂取量が少なくなるほど死亡リスクが増加しています。ただ、有意差が出たのは、男性の Q10 の Q1 に対するリスク比のみです。これを本書の中の図に落としてみます。

男性 Q1 の 横軸 [炭水化物摂取量 60.6%] 縦軸 [リスク比 1.0] に点を打ち、Q10 の 横軸 [炭水化物摂取量 37.2%] 縦軸 [リスク比 1.19] に点を打ち線で結びます。炭水化物摂取量 60.6% の人に比べて 37.2% の人のリスクが高い(1.19倍)ことを表しています。"③" は後でお示しする文献番号です。
同様に、私の読んだ同様のテーマの論文のうち、以下のような条件に合致した研究について、同じように線をひいたものが次の図です。

※ ここに挙げる研究論文の条件は、以下のようなものとしました。
だいたい健康な人を対象。リスクを計算する帰結が "糖尿病" 以外。
(糖尿病になるかどうかのリスクについては、別途考えます)
※ 実線 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ は全死亡のリスク比です。
※ 破線は 帰結が全死亡でなく、⑪ は 心房細動、⑫ は がん です。
※ 対象者の国は
④ ⑫ 日本人 , ① 世界14ヵ国, その他は全て米国です。
※ 有意差 : ④ ⑤ 以外 5%未満 の有意差ありです。
※ 図の作成について
1つの研究からは、1本の線しかひいていません。
研究によっては、"全死亡" と "心筋梗塞" ように2つ以上のリスク比を算出しているものが多いのですが、ここでは "全死亡" があれば、全死亡、なければ、その研究で最も代表的な疾患を採用しました。
この図からは、炭水化物摂取量が全エネルギー摂取量の 50~60% 近傍が最もリスクが少なそう。ということになります。
この図の中で右側に上がっている3つのデータのうち、1つが日本のデータ、1つが 17ヵ国にまたがったデータです。
これらのデータを信用すれば、欧米は日本などアジアと比べて炭水化物摂取量が少ないので、少なすぎてよくない人がいる。逆に日本はその摂取量が多いので、多すぎでよくない人がいる。というような解釈ができるのかな、と思います。
※注意
この図にお示しした7つのデータは、「何らかの基準にてらして体系的に集めた」というものではありません。他文献の参照文献リスト・検索・医療ニュース 等見つけた経緯は様々です。
しかし、少なくとも私が「説明しやすいようにデータを取捨選択した」というようなことは決してありません。
しかし、たった7つの研究データですし、データの取得・選択についての科学性が全くありませんので、これを結論とは思わないでいただきたいと思います。
<参考文献>
[1] Dehghan M
Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study
Lancet 2017 Nov 4;390(10107):2050-2062
[2] Mazidi M
Lower carbohydrate diets and all-cause and cause-specific mortality: a population-based cohort study and pooling of prospective studies
Eur Heart J. 2019 Sep 7;40(34):2870-2879
[3] Fung TT
Low-carbohydrate diets and all-cause and cause-specific mortality: two cohort studies.
Ann Intern Med. 2010 Sep 7;153(5):289-98
[4] Nakamura Y
Low-carbohydrate diets and cardiovascular and total mortality in Japanese:
a 29-year follow-up of NIPPON DATA80
Br J Nutr. 2014 Sep 28;112(6):916-24
[5] Shan Z
Association of Low-Carbohydrate and Low-Fat Diets With Mortality Among US Adults
JAMA Intern Med. 2020 Apr 1;180(4):513-523
[11] Zhang S
Low-Carbohydrate Diets and Risk of Incident Atrial Fibrillation: A Prospective Cohort Study
J Am Heart Assoc. 2019 May 7;8(9):e011955
[12] Cai H
Low-carbohydrate diet and risk of cancer incidence: The Japan Public Health Center-based prospective study
Cancer Sci. 2022 Feb;113(2):744-755